ヘリオポーズの風(第3話)
「へ〜え、香港も行ったことなかったなあ。どんなところ?」
「せせこましいですよ。最近は人口が増え過ぎて。」
『お知らせします。ただ今より当船はミマス・ステーションに向けて離陸態勢に入ります。どなた様も座席に備え付けのシートベルトを…』
 船内アナウンスの声に3人がそそくさとシートベルトのスイッチを入れ、ベルトが自動的に身体の定位置に絡まると、直後にエンジン点火の振動が伝わってきた。
「あっと、突然声かけてすまん、連れがあんたが死にそうな顔してるって言うもんだから…。ああ、俺はフリーライターのジェイク・ハリソン、コイツは連れのサリアってんだ。」
 人様に向かってあっけらかんと「死にそうな顔してる」などと言ってのける男からは離れたかったが、今の気分を言い当てた連れの少女には興味がわいて顔を向けると、コケテイッシュな笑顔を返されてピーターは面食らった。
 見た目はまだ少女の年齢のようだが、どうやら地球人ではないらしい…。
「その通りよピーター。わたし、シーサリア人なの。」
「…えっ?」
「また驚かせちまって申し訳ない。実はシーサリア人てのは、生まれつきエムパスなんだよ。コイツも悪気はないんだが…。」
「…いいんです。死にそうな気分ってのは当たってましたから。僕はピーター・アレン。ギャラクシー・イエールの4年生で、インターンシップで取材旅行に行くところなんです。さっきフリーライターっておっしゃってましたけど、そちらも取材旅行なんですか?」
「いいや、残念ながら今回はプライベートでな。しかしインターンシップで宇宙旅行とは、上手いことやったじゃないか!」
「取材記者という希望を出したのは一年の時だったんですけどね…。」
「はっは! 何と4年も待たされたってのか!」
ややオーバーアクションとも見えるハリソンの反応を、困ったように見守るサリア。2人の様子に、ピーターはハリソンが自分の気持ちを少しでも上向かせようと努力してくれていることに突然気付く。
「こうして望みが叶ったからには、とことん楽しませてもらいますよ。」
 答えながら感謝の印に笑顔を向けると、理解の印に彼らからも笑顔が返って来た。
「ピーターって言ったっけ…いい奴だな、お前。」
 気恥ずかしくなるほど真っ直ぐにこちらを見つめて言ってのけるハリソンの傍らで、シーサリア人の少女も真剣な眼差しで頷いている。
「…よし、決めたぞサリア! 俺たち、土星の衛星エンケラドゥスやタイタンあたりを中心に廻る予定なんだが、よかったら一緒に来ないか? 取材旅行ってことなら俺たちを取材すりゃいいし。」
「…えっ? でも、プライベートならお2人水入らずで過ごされたいんじゃ…?」
「いいのよピーター。彼ってば言い出したら聞かないし、取材記者としては何年か先輩だから、色んな話が聞けるはずよ。」
 シーサリア人のキラー・スマイルにきっぱりノーと言える地球人は皆無に等しい。ピーター・アレンもそんな一般人の一人で、しかもまだ大学生だ。
「お2人でそこまでおっしゃるなら…。」
「よし、決まったぞ! よろしくな、ピーター。」
 それに…とピーターは一人ごちる。タイタンは予定外だが、エンケラドゥスはそもそも母さんを連れて来たかった衛星だ。一人で訪ねるのは心細いかも知れないと思い始めたところだった。

 ほどなく、船は土星の衛星ミマスの軌道上にあるステーションへのドッキング態勢に入った。
 旅人たちはここから、目的の衛星を巡るローカル船に乗り換えて旅の続きを楽しむことになる。ピーターもハリソン、サリアのカップルのあとに続いて内大衛星群を巡る船に乗り換えた。

「ピーター、土星の衛星巡りは初めて?」
 席に着くや否やシーサリア人の少女に話しかけられ、なぜかどぎまぎしながらピーターは頷く。
「ええ。実は本格的な宇宙旅行自体、初めてなんです。あなたは経験が豊富そうですね。」
 少女はうっそりと微笑んだ。
「そうね。シーサリア人は生まれた時から旅をしているようなものだから。でも、愛する人と、目的を持った旅が出来るのはホントに幸せなことだと思うわ。」
「そうでしょうね。」
 常にお互いに見つめあい、言葉を交わす必要もないほど分かり合っているように見える2人に、ピーターは軽い嫉妬を覚え始めた。いつか自分も、こんな風に誰かと愛し合えるのだろうか…?
「…そうね…でもあなたの場合、他の人より時間がかかるかも知れないけど…。」
「…えっ?」
 彼女がエムパスだと言う事実を、どうしても覚えていられない。
「でもきっといつか、素晴らしい人と出会うから希望は捨てないで。」
「ありがとう、覚えときます。」
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