Whole Heart(第2話)
ヴォイジャー;

「記念日だって?」
 パリスの問いかけに、ハリー・キムが勢いよく頷いた。
 アルファシフトが終わって30分、ニーリックスの食堂はほぼ全テーブルが埋まり、喧騒の中、背の低いタラクシア人がチョコマカとテーブルの間を飛び回っている。
「3年前、星雲の中で嵐にあってパラレル宇宙に飛ばされちゃったろ? その後例のラウンジバーでアレンさんたちに会ったじゃないか。それがこっちの宇宙暦でいつに当たるのか、コンピューターで計算してみたんだよ。」
「…そしたらそれが今日だったってのかハリー?」
 せっかく用意した答えを持って行かれ、目を伏せて落胆した様子を見せたキムだったが、それも一瞬のこと。すぐに顔を上げて目を輝かせ、
「ラウンジバーが待ってるよ、行くだろトム?」
 ニヤリと笑って、パリスも大きく首を振る。
「確かに、今日ほど相応しい日はなさそうだな。」

 第2ホロデッキには、2人が苦労してプログラムし、「ラウンジバー」とだけ名付けたプログラムが存在する。
 もちろん、パラレル宇宙で2人が通った、惑星ハーナスの超高層ビル最上階にあるアレン御一行様御用達のあの店だ。
 いつもならアポロキャップにサスペンダーパンツをはいて、ロストボーイズとして店のステージに上がることがほとんどだが、今日はなぜか、2人ともギャルソンスタイル。
 どうやら記念日くらいは、いつもと違うパターンで楽しもうという魂胆らしい。
「ラウンジバー。」
 パリスの一声で扉が開くと、2人は光の海を泳ぐ深海魚よろしく、広い店内に溶け込んでいった。

「ハリーにトム、こっちだこっち!」
 ワレガネのような声の主はもちろんフィルモア人の編集長。鮮やかな緑色の手をひらひらさせながら2人を呼び寄せる。
「これはロイズ編集長。ご注文はソルティドックで?」
「さすがはトム君、相変わらず気が利くなあ。それとハリー君には、こっちのアレンの分を持って来てもらおう。」
「そちらもいつものパラノイア・ブランデーで?」
 芝居がかった慇懃さでハリーが尋ねると、例によってフィルモア人は大喜びだが、隣のアレンが狐につままれたような表情なのがパリスは気になった。だがここはとりあえず、ハリーと共にバーカウンターまで注文を伝えに引っ込む。
 飲み物が手元に届くと、アレンもようやく寛いだ表情を見せ始め、やや離れたテーブルからちらちらと様子を伺っていたパリスも一息ついた。一通り注文取りの仕事が終わり、厨房近くの壁際にハリーと並んで立っていると…
「これはこれはお2人さん。客をあんなに馬鹿にしておいて、まだ首がつながっていたとはなぁ。」
 妙なきしり音とともに発せられるダミ声には、もちろん聞き覚えがあった。
「ハンク・ディアボロ!
 おいハリー、俺に黙って、いつコイツを復活させたんだよ?」
 パリスに責められ、ハリー・キムが傷付いたような表情で口をとがらせている。
「知らないよ! そっちこそおトボケが過ぎるんじゃないの?」
「なーにをゴチャゴチャ言ってやがる。あん時ぁこの俺に、よくも恥かかせてくれたよなぁ。」
 この時、気配を察したアレンと編集長がそれぞれの飲み物を持って立ち上がったのを目の端に認め、安堵したパリスが思わず漏らした笑みを、ディアボロが誤解したとしても仕方のないことだ。
「また何を笑ってやがる地球人!」
 叫びながら長い鎌爪の生えた両手でパリスに掴みかかる。本能的に身構えたパリスだが、そもそもこれはホロデッキのお遊びだ。もとより怪我をするとは思っておらず…
「ぐあッ!」
「コンピュータ、プログラム一時停止っ!」
 キムが叫ぶ。パリスを倒したディアボロが、彼に向き直ったところで他のホロキャラクターとともに動きを止めた。
「ハンク・ディアボロを消去!」
 言い終えるとすぐに、パリスの傍に屈み込む。その時、荒い息遣いと足音とともにこちらに向かって来るアレンの姿を目に留めて、キムは面食らった。
「トムは大丈夫なのか? それにハリー、一時停止って何のことだ? 何でディアボロが消えるんだ?」
「あなたこそ、何で一時停止しな…まさか本物なんですか?」

 その後、ハリー・キムによってプログラムが終了され、ラウンジバーが掻き消えグリッドのみになった空間にEMHが実体化すると、素早くパリスの診察に当たる様子をキムの隣でアレンも覗き込んでいた。
「ふむ、頬の引っ掻き傷自体は大したことはないぞ。これで治療は終了だ。」
「じゃあ何で意識が戻らないんです?ドクター。」
「さあそれだ。とっくに覚醒してるはずなのに、さっぱり原因が分からん。」
「脳の異常じゃないですよね?」
「脳だけでなく、身体のどこにも異常は見当たらないんだが…。」
「まさか、ローズ…?」
 小さく呟いたアレンに、ドクターが医療用トリコーダーを向け、表示を読み取って驚きに目を見開いていた。
「君は誰だね? どうやらホロキャラクターでなく人間のようだが。」
「やっぱり本物だったんだ! でもどこから…どうやって?」
「それはこっちも知りたいが…ローズが一枚噛んでることだけは確かだろうな。」
「ローズとは?」
「俺の友人で、不思議な力を持ったシーサリア人の女性です。おっと、俺はアンドロメダから来たピーター・アレン。あなたがEMHドクターですね? ハリーからよく伺ってましたよ。」
 ドクターは迷わず、胸の記章を叩いた。
「ドクターよりブリッジ。」
「どうぞ、ドクター。」
「艦長、侵入者です。」
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