Whole Heart(第3話)
アンドロメダ;

 パリスが目を覚ますと、ラウンジバーはもう閉店時間を過ぎたらしく、テーブルの上に逆さまになった椅子が並べられている。
 ディアボロに倒された記憶がおぼろげにあるが、ホロデッキの出来事なのにそんなに長い間気を失っていたとすれば驚きだ。
「ハリー? すまん、何だかまた迷惑かけたみたいで…。」
 言いながらゆっくり身を起こしたが、軽い眩暈がなかなか治まらない。
「目が覚めたのね! 上手くいったみたいでよかったわ、トム。」
 聞き覚えのある弾んだ声のした方を見上げると、緑の髪のほっそりした女性が微笑んでいる。オレンジの瞳を持つ知り合いは一人しかいない。
「君は…ミディ…? さっきのディアボロといい、ハリーの奴何でまた…。」
「トムったらまだ勘違いしてるのね。ここは正真正銘、惑星ハーナスのラウンジバーよ。ホロデッキじゃなくてね。」
「…どういうことだ?」
「う〜んと…他の星系人に分かるように説明するのって難しいわね…。ピーターとあなたの居場所を、一時的に交換してもらったの。」
「何のために?」
「あなたにどうしても伝えたいことがあったから。ミディは幸せになったって…。」
「幸せって…それにしちゃずいぶん痩せないか? 昔はもっとぽっちゃり…あっ!」
 パリスはかつて少女だった女性の、悪戯っぽい笑みの色っぽさにクラクラしながら理解した。
「…無事に大人になれたんだ。そうだね?」
 ミディが頷くと、立ち上がったトムがその肩を抱いた。
「おめでとうミディ!」
「…今はローズって呼んでほしい気がするけど。」
「ローズ?」
「その名前で歌ってるの。あなたが教えてくれた地球の歌を。」
「そうだったんだ…。だったら是非、一曲歌ってくれる?」
「リクエストは?」
「もちろんサッチモのあの曲さ!」


ヴォイジャー;

『…そして僕は考える。世界はなんて素晴しいんだろう?』
「う、歌ってる?」
 第2ホロデッキの床に転がったままのパリスの唇が微かに動き、わずかに声が漏れている。
「サッチモの『素晴しき世界』に間違いない。どうやら俺の役目も終わるかな?」
「どういうことなの? ミスター・アレン。」
 尋ねたのはドクターの通報で駆けつけたジェインウェイ艦長だ。
「彼女から聞いたところでは、伴侶がいない状態で成長出来た最初のシーサリア人として、かなり特殊な能力が備わったらしいってことで…。」
「もともとエムパスなら、潜在的な能力があっても不思議じゃないんでしょうけど…どんな力なの?」
「俺とトムの、居場所を一時的に交換出来るんだそうです。何でも、2つの平行宇宙がバランスを取ろうとする性質を利用するんだとか。仕組みは全く分かりませんけどね。」
「艦長、トムがこの歌うたってるってことは、向こうの世界で彼女と再び通じ合えた証拠ですよ。」
 アレンに続いてキムも説明に加わったので、ジェインウェイは何とか理解することが出来た。
「つまり…目的を達したトムの意識が戻ると同時に、ミスター・アレンの身体もアンドロメダに戻れる、ってことなのね?」
「そのはずです。全く、ローズと来た日には…恋する女の子は無敵、としか言いようがありませんよ。」
「会ったとたんにお別れというのも、何だか淋しいものね…。」
「こちらこそ、あなたのように有能な女性艦長と知り合えて楽しかった。残念です。」
「ミスター・アレン、トムが戻ったらきっと淋しがります。あなたともっと話したかったって、いつも言ってましたから。」
「…ハリー。もし許されるなら、君とディアボロを永遠に交換したいよ。」

『…そして僕は考える。世界はなんて素晴しいんだろう?』

 翌朝9:00。
 艦長の命を受け、パリスは報告書提出のため作戦室にやって来た。
「あなたが無事戻ってくれてうれしいわ。」
 ジェインウェイ艦長は開口一番こう言って、パリスの気持ちを和ませてくれる。そして報告書のパッドを受け取ると、とたんに悪戯っぽい表情が顔を出し、
「トム、ミディってどんな娘なの? 報告書で彼女の映像が見られるかしら?」
「ああ、もちろん。最初の段落に入ってます。緑の髪に瞳はオレンジ、とってもコケティッシュな娘でしたよ。」
「一度会ってみたかった。」
「まだ諦めるのは早いですよ。彼女のことだ、また何かあったら今度はハリーと交換でこっちに乗り込んで来るかも。」
 パリスも負けじと、ジェインウェイ以上に悪戯っぽい目でこう言ってのけた。
「そうねぇ。恋する女の子は無敵だって、ミスター・アレンも請け合ってたから、希望は捨てないことにしましょうか。」
「へえ〜、ピーターの奴そんなこと言ったんだ? でも彼女の場合はエムパスでもあったし、特殊なケースだと思いますね。」
 ジェインウェイがそんなパリスを見上げて微笑んでいる。気付いた彼はどぎまぎして、
「…あの…艦長、僕何か変なことでも?」
「いつかあなたにも、ミスター・アレンの言葉通りだって、分かる時が来るわ。平行宇宙の向こうの彼女じゃなくて、同じ世界の誰かに愛された時には、きっと…。」
 言い終えると艦長は、ソファーに深々と腰を沈めてパッドを読み始めてしまったので、パリスも軽く頭を下げると作戦室を辞した。
 ブリッジに戻ると、操縦席に向かうパリスは、後部ラボで分析作業を終えその場を離れた機関主任トレスと鉢合わせになる。
「ブタがニヤついてもちっとも可愛くないわよ!」
 すれ違いざまの彼女にこう吐き捨てられたパリスは、慌てて口元を引きしめつつ操縦席につく。
 機関主任がターボリフトの扉に消えると、恋してなくても無敵な女性もいるんだなと、パリスは呟いた。


終*わ*り

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