青いたからもの 第2話
 その後、ハルカの家のお茶会には、人がパッタリと来なくなり、その代わり、遠く離れたお仲間からのたよりが、毎日届くようになりました。
 たよりには、皆がそれぞれの場所で、自分のたからものを見つけた時の喜びが綴られています。もうハルカの家まで、わざわざ見に来る必要がなくなったのです。
 ある晩、ハルカは、石を戸棚にしまおうと手に取りました。もう窓辺に置いておく意味がありません。どころが、石を見つめていると、またいつか、新しいお仲間が見に来るかも知れないと、考えが変わりました。石をもとの窓辺に残し、ハルカは眠りにつきました。
 その晩は、未明から大嵐になりました。家全体に轟く大きな風の音に驚いて、目を覚ましたハルカが見たのは、窓辺に散ったたくさんのガラスの破片でした。
 二枚あったガラス窓のうちの一枚が、枠ごとはずれ、床に落ちて粉々になったのです。あたりの床は吹き込んだ雨で水びたしです。
 そして、あの石が、どこにも見当たりませんでした。

 翌朝から何日もかけて、ハルカは家中の床を掃き清め、石がないかと探しましたが、ムダでした。
 前の通りを探してみても見つかりません。思い余って、石を拾ったあの森を訪れ、代わりの石でもいいから見つけようとしましたが、偶然の出会いがそう何度もあるはずもないのです。
 何週間も石のことが頭を離れず、探し続けて、ハルカはとうとう諦め、忘れようと心に決めました。そのために先ず図書館を訪れ、分厚い本を何冊も借りて、翌週の返却日までたった一人で読みふける毎日がはじまりました。

 そんなある日、ハルカがふと、本から顔を上げると、開いた窓の向こうに真っ白い入道雲が湧き立っています。青い空に浮かぶ雲は太陽の照り返しを受け、雪山のようにそびえていました。
 そんな雲に誘われ、思わず外に出たハルカは、季節がいつの間にか、春から夏に移り変わっていることに気付きます。
 無意識に地面に視線を落とし、また石探しを始めると、ほこりっぽい一足のブーツが目に入りました。
「すみません。水を一杯いただけますか?」
 声のする上の方を見ると、大きな荷物を背負った若者が立っています。
 見れば全身ホコリまみれで、シャツが身体にピッタリはりついていました。
 ちょうど自分も喉が渇いていたハルカは、若者と共に家に入り、となり町の農園の奥さんから頂いた、あのハーブ茶を冷たくして淹れることにしました。ところがお茶はほとんど残っておらず、二人分をポットに入れると、とうとうなくなりました。
 最後のハーブ茶に氷を入れて持っていくと、若者は一気に飲み干し、
「こんなにおいしいお茶ははじめてだ!」
 と、感激して叫びました。
 何かお礼を、と言いながら若者が荷をとくと、中から花の種やら苗やら、挿し木用の枝やらが、わらわらと出て来ます。
 若者は、自分は花の種や苗を売り歩く商人なのだと明かしました。そして、小さな黒い種を数粒探し出すと、ハルカの手に押しつけ、
「今が蒔き時です。毎日の水やりを忘れないで。」
 と言い残し、仕事に戻っていきました。
 思わぬもらい物に驚きながらも、せっかくだからと、ハルカは家のそばの道ばたに種を蒔き、その日の水やりは忘れませんでした。
 ところが読書に没頭してしまうと、まだ芽も出ない種のことなど忘れがちになります。すると数日後、またあの若者が、近くを通ったからと言って、ようすを見に来てくれたのです。
「いいんですよ、冷たいハーブ茶が忘れられなくて寄っただけですから。ええっ、あれが最後だったのですか?」
 申し訳なさそうなハルカに、落胆した表情は見せられないというように、若者はまた荷をほどき、たくさんのハーブの種を取り出します。ハルカがお金を差し出しても、決して受け取らず、家の周囲の土をたがやし、種まきを手伝って、帰っていきました。
 それからというもの、若者は近くに来たと言っては、三日とあけずにハルカの家を訪ね、成長する花たちの間引き方や植えかえ法なども、何の見返りも求めず教えては、去って行く毎日でした。
 そうして再び季節がめぐり、また夏がやって来ます。
 若者にもらった最初の種が美しいブルーの花をつけるころ、その花のもとで、ハルカは若者のプロポーズを受け入れました。

 婚約式の朝、若者が小さなアクセサリーケースから指輪を取り出し、ハルカの指にはめました。その青い石は、はめた指を動かすたびに、ハルカの心を映すように七色に輝き、ハルカの目からは大粒の涙がこぼれました。
「これは私のたからもの。ずっと探していたのに…。あなたが持っててくれたなんて。」
 若者はすまなそうに、声を落として訳を話してくれました。
「出会ったあの日に、君の家の戸口に落ちていたんだよ。すぐ返さなきゃと思ったけど、そしたら君に会う口実もなくなってしまう。だから、君がいちばん喜ぶ方法を考えたんだ。」
 その声はハルカの心に、美しい旋律となって染み入ります。

 秋も深まったある日、ハルカは遠く去ったお仲間たちに、結婚式の招待状を書きました。

 久し振りに集まったお仲間はとても元気で、誰もが自分のたからものを、ネックレスやピアス、指輪などにして身に着けていました。そして、たくさんの贈り物。
 ハルカはとなり町のハーブ茶の奥さんに、若者との馴れ初めを話して聞かせています。
 あの音楽隊もやって来て、名演奏を披露し、宴は明け方近くまで続きました。
 ハルカの家のともしびは、いつまでも消えることがありません。

お*わ*り
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