アンドロメダの歌姫(最終話)
アンドロメダ

 惑星ハーナスの空は晴れ渡っていた。
 海に浮かぶいくつかの巨大な宇宙港施設の中で、ひときわ高い展望台型のビルディングを擁する大規模宙港がある。
 その屋上の展望スペースの一角に、海風に晒されながら柵にもたれ、彼方を見つめる男女の姿ががあった。
 遮るもののない陽光から目を守るために揃いのゴーグル型サングラスをつけ、男の方はややくたびれたようなジャケット姿だが、女はまるでホロヴィジョンのファッション・チャンネルから抜け出してきたような艶やかさだ。
 「…また行ってしまったのね、あの子…。」
 ミランダが呟いて、すっかり傷の癒えたアレンの胸に顔を寄せた。
 2人の視線の先では、今や一筋の光の矢となったワープ船が、ソニックズームの爆音を残し、雲間に突き刺さって消えてゆく。
 「レギオンから戻ったと思えば、今度はマリウス銀河とは…。休みっ放しで、大学は大丈夫なんだろうな?」
 「今度の旅行は卒業研究の一環だから、単位として認められるって言ってたわ。」
 「そりゃ初耳だぞ。研究テーマは何だ?」
 「『辺境銀河における文化人類学的考察』ですってよ。何を考察するのかサッパリだけど。」
 アレンは参った、というように苦笑いしながら、小さく首を振った。
 「辺境銀河と来たか。もうマリウスあたりは、そうとも言えなくなってきてるみたいだが…。」
 「あなたが行った頃は片道1ヵ月かかってたのが、今はその半分で往復出来るんですもんね。」
 「マリウス銀河までの亜空間バイパスとやらが、去年開通したそうだからな。今じゃ団体客で溢れ返ってるんじゃないか?」
 「まだそこまでは、世間に知られてないそうよ。だから来るなら今のうちだって、ネルヴァの観光局の役人に言われたらしいわ。」
 「ネルヴァ? 惑星ネルヴァだと? 何でまたそんなところへ…。俺は何も聞いてなかったぞ!」
 ワープ船がまた一隻、宙港ビルの真上を横切ったので、アレンの怒鳴り声は轟音にかき消された。ミランダはそ知らぬ顔だ。
 「…内緒にした方がいいって、私があの子にアドバイスしたの。だって…辺境シリーズといえば今でもガイドブックでは飛び抜けたロングセラーで、あなたは名を上げる最高のチャンスだったのに、ネルヴァでの顛末を書こうとしなかったんですもの。出版社から首を切られることになったのにね…。
 だからあなたが何に囚われてるのか、あの子は確かめに行ったのよ。」
 ミランダ・ニコルの囁くような声を聴きながら、アレンの心は時空を彷徨い、マリウス銀河の西に位置するナノ恒星系第4惑星、ネルヴァの展望ドームへと飛んでいた。
 えも言われぬ赤紫の夕空と、傍らにいた専属ガイドの若者の姿。その顔がいつの間にかミランダに、そして息子のJ・Mに移り変わっていく。
 轟音の消えた空には、風の渡る音だけが響いていた。
 「…卒論を読むのが楽しみだな。」
 アレンはミランダに顔を向けてそれだけ言うと、再び惑星ハーナスの空を仰いだ。
 俺もちょうどJ・Mくらいの年頃に、ヘリオポーズの港から宇宙へ飛び立ったんだっけ。アレンの心がまた彷徨い始める。
 ただ俺の場合、子供の頃から父は病院で機械につながれ、そんな父を諦めきれない母も同じ病室で寝起きして暮らしていたから、見送る者は誰もなかったけれど。
 その両親も今は亡く、今やアンドロメダが故郷みたいなものだが、あの港だけは妙に今も懐かしい。
 いつか戻ってみるのも悪くないなと、アレンは一人ごちる。ミランダと息子を連れて、太陽系グランド・ツアーとしゃれ込もう。
 「…ねえ、ピーター。」
 ミランダがこちらに顔を向けてほほ笑んでいる。
 「私もいつか、惑星ネルヴァを訪ねてみたいわ。連れて行ってくれるでしょう?」
 アレンも穏やかな笑みを返し、頷いた。
 「そうだな、いつか…。」
 太陽系ツアーの前に、ネルヴァに寄るのも悪くない。これからは俺たち家族3人で、新たな思い出を作っていこう。いつかロイズと再会することになる、その日が来るまで。
 何隻目かのワープ船が2人の頭上を通り過ぎ、アレンとミランダは寄り添って屋上を横切ると、地上に降りるためのエレベーターに乗り込んだ。


お*わ*り

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