アンドロメダの歌姫(第6話)
レギオンにて

 アルゴル星系第5惑星、レギオンの宇宙港はちょっとした見ものだった。
 恒星間旅行の経験が少ないブラウンでさえ、目を丸くしたほどの殺風景さだ。
 「あのう、ここ宇宙港ですよね? 格納庫まで連れて来られた訳じゃ、ありませんよね?」
 降り立つなり、自分より数歩遅れてタラップを降りて来たアレンを振り返って、そう尋ねる。アレンも一渡り見渡し、
 「まあな。辺境銀河には、宇宙港つってもただの原っぱだったり…ってパターンは結構あったが、アルゴル星系が辺境の訳はねぇし、農業で潤ってるって話なのに、ここだけ見るととてもそうは思えんな。」
 確かに、そこはだだっ広いただの格納庫といった風情で、広い床に数本の通路が延び、そのどれもが突き当たりの巨大なエレベーターにつながっている。
 そのエレベーターの脇に一軒だけ、ドラッグストアの看板を掲げる店があり、2人して中をのぞくと、恒星間旅行には必携の飲料水と携帯食料が商品棚のほぼ8割を占めていた。
 「うわぁ、これだけ色んな星系の飲料水が並んでるの、見たのは初めてです!」
 ブラウンは探偵というより、すっかり観光客モードに入ったらしく、ズラリと並んだ様々なデザインのボトルに、取り出した折りたたみ式のホロ・カメラを向け始める。
 そんな若者に苦笑しつつも、アレンもその気分は理解出来た。携帯食料と飲料水にかけては確かに、この店の品揃えは感動ものだ。
 アレンにとってはほとんどのボトルに見覚えがあったが、中にはどこの星系産の物か、見当もつかない変わった色やデザインのものもある。どうやら嗜好飲料のたぐいも混じっているようで、隅にある黒っぽい色の三角錐のような形のボトルに、アレンの目が吸い寄せられた。
 商品棚をすかして若い探偵の様子を見ると、彼の興味は携帯食料の方に移ったらしく、カメラ片手にマジ?とかあれれ等、声を上げながら不思議なパッケージの食べ物を端から撮りまくっている。
 小さく吐息をついたアレンが、憑かれたように三角錐のボトルを手に取った瞬間…
 「さすがにお目が高い! 類を見ない逸品ですぞ!」
 ワレガネのような声に驚いて振り向くと、店の名前が刷り込まれた上着をはおった、アレンの肩位の身長しかない小太りの男がほほ笑んでいる。
 「見たところお客様は、農産物バイヤー方とは違うようですが、ご旅行か何かで?」
 小男は愛想笑いをへばりつかせたままだ。
 「いや、ちょっとした人探しさ。ところでこのボトルだが、俺の記憶が正しければ中身は最高のコーディアルだったと思うんだが…。」
 「これはご明察で。ナグノス星系産の逸品です。ご存知だとは、相当旅慣れておいでのようで…。」
 「なに、仕事がらみだから自慢にならんさ。それでこのボトルだが、ここにあるだけか?」
 「奥にあと3本、残っておりますが。」
 「全部もらうよ。もちろん先約があれば諦めるが…。」
 「おお、とんでもない! 数年前、あるバイヤーの方と取引した品物ですが、目に留められたのはあなたでまだ2人目です。」
 「まあ確かに、ここらでは見かけない酒だからな。」
 「全くです。それをご存知のお客様が、2人も現れるとは…!」
 言い終えると、小男は飛び上がるような勢いで商品棚の奥に消え、入れ替わりに若い探偵がひょっこり戻って来た。
 結局商品棚にあった2本と、店の奥から出した3本の計5本のボトルを、店主だと判明した小男はホテルまで届けさせるときかなかったが、金を払ったアレンは、さっさとボトルに緩衝材を巻き付け、まず2本を若者に持たせると、残りを手持ちのデイバックに収めてしまった。
 店主の最敬礼に送られてエレベーターに乗り込み、入国審査局へのボタンを押すと、直後に素晴らしいスピードで下降が始まった。
 一瞬驚いて目を瞬いた2人だが、ブラウンが
 「そういえば地熱エネルギーが豊富な星でしたよね。」と言えば、アレンも
 「もともと大規模な炭坑があったんだよな。」と思い出し、
 「坑夫の子孫が住み着いた穴ぐらが、都市として整備されてるのかも知れんな。」
 と言うと、若者も納得したように頷いた。
 だが実際は、「整備された」などと言うレベルを遥かに超えていたのだ。
 下降が止まり、扉が開くと同時に広がった、絢爛たる巨大都市の威容と喧騒に、2人は声も出ない感嘆の坩堝に叩き込まれることになる。
 エレベーターの扉が音もなく閉じたあとも、2人はしばらく呆けたように立ち尽くしていた。若いブラウンがまず先に我に帰り、すぐ左手に銀河標準語で「入国審査局」と書かれ、派手に点滅する看板を見つけた。アレンに目配せすると彼も頷き、揃って看板に近付くと、フロントガラスに「入国審査局行き」と書かれたオート・ドライブのエア・カーが何台か待機している。そのまま進むと自動的にドアが開き、「惑星レギオンへようこそ! 入国管理局に無料でご案内します!」という軽快な口調のアナウンスが、数ヶ国語で流れ出した。乗り込むと直ちにシートベルトが絡みつき、またもや素晴らしいスピードで、巨大なビル群を縫うように走り出す。
 「農業惑星が、聞いてあきれるな。」とアレンが鼻を鳴らせば、
 「白タクじゃないだけ、マシですけど。」と、ブラウンも目を見張って呟いた。


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