アンドロメダの歌姫(第7話)
 イミグレーションの手続きを問題なく済ませ、建物を出るとエアカーの傍に男が2人立っている。背の高い方の一人はアンドロメダ銀河の地方警察の制服姿だ。
 ブラウンの後から乗り物に近付いたアレンに向かって、背の低いもう一人の男が手を差しのべた。
 「こちらは当惑星公安局長のガイ・フォレスト君。私は行政長官のロブ・ハルシオンだ。レギオンへようこそ、ミスター・ブラウン!」
 「ブラウンは僕です、ミスター・ハルシオン。」
 若者が断固とした口調で割って入るのと、慌てたアレンがたたらを踏むのとが同時だった。傍から見たら、かなり滑稽だったに違いない。アレンは相手に向かって伸ばしかけた腕で、自分の髪をなでつけた。
 「しかし、我々はアンドロメダから、私立探偵とその助手がみえると聞いておりまして…。」
 「僕がその探偵ですよ。それに、ミスター・アレンは助手でなく、行方不明のロイズ氏のご友人で、調査にご協力頂いてるんです。」
 「これはお見それしました、ミスター・ブラウン。」
 行政長官はかろうじて礼を失しない程度にまで、驚きの表情を押さえ込んだようだが、公安局長は露骨に目を剥いている。侮辱とも取れるその態度に腐るでもなく、若者は自分から、二人に向かって握手のための手を差し出している。コイツのこういう育ちの良さだけは、買ってやってもいいとアレンは思い始めた。
 「そしてそちらが協力者の…ええと、何とおっしゃったかな?」
 「アレン。ピーター・アレンだ。大昔だが、ロイズの経営する出版社で契約ライターとして働いてた。」
 行政長官の厚ぼったい手を握り返しながらアレンも名乗ると、公安局長がうやうやしく、2人をエアカーの後部座席に招き入れた。
 「お2人とも、今宵はお疲れでしょう。このまま宿舎までお送りしますよ。」
 長官の声と同時に走り出したエアカーが向かった先は、宿舎に間違いないのだろうが、公安局長が無言で指さした建物の威容を見て、まず若者が反応した。
 「ミスター・ハルシオン、先ほど宿舎っておっしゃいましたけど、公共の施設ってことですか?」
 「その通りです、ミスタ・ブラウン。当惑星の宿泊施設は全て、政府観光局の公営になるんですよ。」
 「それにしちゃ、やけにガタイのデカイ建物だが、観光客がそんなに多いのか?」
 アレンも疑問を口にする。
 「もちろんですとも。もっともお客様のほとんどは農産物関係のバイヤーの方々ですが、お仕事でお越しとはいえ、滞在を楽しんで頂きたいと思いましてね。」
 話している間にも、エアカーは巨大な建物の車寄せに滑り込む。
 様々な星系産の調度品で飾られた絢爛豪華なロビーを抜ける時、カウンターにいたマネージャーらしき男が行政長官の率いる一行に軽く頭を下げた。ロビー奥のエレベーターに全員が乗り込むと、アレンが最初に、天を仰いで息をつく。
 「外壁だけかと思ったが、内装までセルリアン鉱石とは!」
 「それって、希少な鉱石なんですか?」
 「いや、稀少とまでは…。このあたりの星系の鉱山惑星なら、どこでもある程度の埋蔵量があります。我がレギオンの場合、その量が桁違いに多かったというだけでして。」
 アレンに向けられた若者の質問に、行政長官が代わって答え、そんな2人に向かってアレンも頷く。
 「セルリアン鉱石ってのは、特殊な電解質特性があってな。昨今はどこの星系でもワープエンジンの基礎構造部に使うようになった。銀河を股にかけてる人種の間じゃ常識みたいなもんだが、この鉱石のおかげでワープ効率が飛躍的にアップしたって話さ。」
 「さすがに、よくご存知でいらっしゃる。」
 公安局長の皮肉を含んだ褒め言葉に、アレンは花を鳴らしただけだった。
 「現在は資源が枯渇してるって、資料で見たんですけど、もう採掘は行われてないんですか?」
 若者の疑問は尽きないようだが、その時エレベーターが音もなく止まり、ガラス張りのテラスのような廊下に出たアレンとブラウンは、ここが最上階であることを悟った。
 「…生産量が頭打ちになったのは、百年以上も昔の話だそうで。ほぼ全ての鉱山が閉山にいたって、何年も経ちますよ。」
 「だがその間に、レギオンの行政機関は鉱山に頼った経済政策を、豊富な地熱エネルギーを利用した大規模農業へと転換させていた。市民生活にほとんど影響はなかったようですな。」
 行政長官の後を引き取った公安局長が言い終えると、一行は瀟洒な扉の前にいた。
 扉が開くと、そこは3部屋続きの豪華なハネムーン・スウィート。建物だけ見れば宿舎どころか、5つ星クラスの最高級ホテルだ。
 「すまんが、他に部屋はないのか? 男2人で、ここまで広い必要はないと思うんだが…。」
 興奮してキョロキョロ見回してばかりの若者を目の端に捉えながらアレンが尋ねると、行政長官が初めて破顔した。
 「もし宿泊料金の事でご心配なら、それには及びません。公営施設ではいっさいの料金を頂いておりませんから。」
 驚いてポカンと口を開けたアレンの表情を面白そうに眺めながら、再び公安局長が後を引き取った。
 「明朝9時、私の部下を1人こちらに伺わせます。不案内でしょうから、彼に何なりとお申し付けを。」

 こんな星の一体どこで、ロイズとカナエは行方をくらませたりしたのだろう?
 地の底の大都会に人工の夜の帳が降りはじめ、点々と点っていく灯りを、出会ったばかりの若者と旅人が、壮麗な宿舎の高い窓から見降ろしていた。


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