アンドロメダの歌姫(第8話)
 「今日でもう3日目だぞ! 誰が観光案内をしろと言った?」
 アレンの剣幕にも、アーカムと名乗る公安局職員は動じる気配を見せない。
 「お2人が人探しで来られたことは、ちゃんと承知していますよ。ただ、物事には順序というものが…。」
 「順序だと? 単なる時間の無駄だろーが! あのロイズが野菜工場の見学なんぞするものか!」
 アレンはプイと横を向き、一定の間隔ごとに規則正しく上方に流れ去る誘導灯を睨みつけた。
 こんなに狭いエレベーターの中では、怒りの持って行き場がない。
 「確かに、見学者のデータにロイズ氏の名前はありませんでしたね。でも僕にとってはそれなりの収穫はありましたよ。」
 落ち着き払った若者の声に、アレンが目をむいて振り返る。
 「地熱エネルギーがあったとしても、地面の下でこれだけの大都市がどうやって維持されてるのか、正直不思議に思ってました。でも昨日農業工場を見せて頂いて、納得が行きましたよ。あれだけ巨大なスペースが、壁や天井まで野菜で埋め尽くされてるなんて。輸出量も相当なものなのでは?」
 「自給分と他星系への輸出とで半々ぐらいでしょうね。農業局長に聞かないと正確な数字までは分かりませんが。」
 「通理で潤うわけだな。」
 不機嫌そうに顔を明後日の方向に向けたままながら、アレンも会話に加わる気分になったようだ。アーカム職員は安心して先を続ける。
 「地熱エネルギーのお陰で、収量が気候に左右されることがありませんからね。穴を拡げればスペースも無尽蔵みたいなものですし、辺境空域からも苗を仕入れて、あらゆる農作物の需要に応えようというところですよ。」
 「お宅の惑星の目覚しい発展ぶりはよく分かったよ。しかしそろそろ、本来の目的と関係ある場所に案内してくれるんだろうな?」
 「そのつもりですよ、ミスター・アレン。現在ドクター・カナエとロイズ氏が目指した場所へ、向かっているところです。」
 アレンが訝しそうに目を細め、首を回すとブラウンの戸惑ったような顔と向き合った。
 「ドクター・カナエは宇宙の果てを見つけたって、おっしゃってらしたんですよね? ロイズ氏と2人で、その『果て』を目指されたものとばかり…。」
 「それがどうして、エレベーターでどこまでも降ってるんだか…。全く妙な話だぜ。あんた、何か聞いてないのか?」
 アーカム職員は淡白な性格らしく、宇宙の果てと聞いても肩をすくめただけだ。
 「私のところは、父の代から公安局一筋でして、科学については門外漢どころか、聞いても覚えていられません。2年ほど前にお2人を案内した村長の話では、ドクターが背景放射がどうのとおっしゃったいたとか。何のことやらさっぱりですが。」
 「その村長さんとは会えるんですか?」
 何やら考え込んでいるアレンに代わって、若者が尋ねる。
 「このエレベーターの到着先で待っておられます。鉱山で潤っていた時代、最初に住みついた坑夫たちが作った古い村がありまして。もっとも去年で任期が切れて、今は村長でなく一般市民に戻られましたが。」
 宇宙の果てを目指して地の底にもぐるなんて、俺はまた何に巻き込まれちまったんだ?
 アレンが小さく嘆息する横で、若者が不安そうに窓の外の誘導灯を見つめていた。

 エレベーターの扉が開くと、身長2メートルはありそうな大男が立ちふさがっていて、アーカムの表情が一瞬こわばるのを、アレンは見逃さなかった。
 「やあ、ガフ。ウォルターはどうした?」
 エレベーターの扉を開けたまま数歩踏み出して、大男に声をかける。  「ミスター・アーカム、今日はまずい。案内する者がいなくなった。」
 大男の眼は恐怖に見開かれているように見える。
 「ウォルターなら大丈夫だろう? ここで待っててくれるように頼んだんだが、どこにいるんだ?」
 「実は昨夜、様子を見に行くって、例の『入り口』に向かったんだよ。止めたんだが聞かなくてな…。行ったっきり、まだ戻って来ない。」
 「まさか、ウォルターまで…。」
 アーカムはそう呟いて一瞬空を見つめ、我に返ると直ちに踵を返した。
 「聞いての通りですよ、お二方。申し訳ありませんが、案内できる人材が見つかるまでいったん宿舎に戻りましょう。」
 そう言いながらエレベーターに戻ろうとするが、もちろん従う二人ではない。
 「また昇って、降りて来るのか? 時間の無駄だぜ。」
 「この村に宿泊施設はありませんか?」
 「あんたら聞いてなかったのか? 仲間が一人消えたんだ。とてもお客を歓迎する気分には…。」
 「もちろんちゃんと聞こえてるさ。第一、人が消えるのは初めてじゃないんだろ? ロイズとカナエが来る以前から、同じようなことが続いてたはずだ。アーカムだってちっとも驚いちゃいねえしな。」
 アレンの指摘に、アーカムと大男が渋い表情で顔を見合わせている。
 「俺たちだって歓待されたい気分じゃない。こっちのプライヴァシーが確保出来る場所がありゃ充分だから、この探偵と俺も調査に参加させてくれ。」
 それまでアレンの影に隠れるように、じっと男たちのやり取りに耳を済ませていた若者が、背中を押されて前に出た。
 「J・M・ブラウンといいます。ご覧の通りの若輩ですし、経験もありませんが何かお手伝い出来ればと…。それから、こちらはロイズ氏のご友人の…」
 「こいつの名前なら知ってるぜ、ピーター・アレンだろ。若い頃辺境シリーズのファンだったんだ。何で2巻で打ち切られちまったのかって、よく噂したもんさ。こんな状況だが、知り合いになれてうれしいぜ!」
 大男に背中を思い切りどつかれ、アーカムが手を差し伸べなかったら地面に激突しそうな勢いで、アレンは前につんのめった。


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