アンドロメダの歌姫(第9話)
結局アレンたちには、村の集合住宅の一角があてがわれることになった。
建物自体はセルリアン鉱山の採掘華やかなりし頃のものだそうで、さすがに古式蒼然としているが、内装は比較的新しく、シンプルで使い勝手の良さそうな家具が据えられ、清潔でそこそこに快適だ。
結局その日は夕刻から、村の集会所で調査の打ち合わせも兼ねたささやかな歓迎の宴が催され、二人が部屋に戻れたのは夜もかなり遅い時刻だった。
倒れ込むようにしてベッドに入ったアレンだったが、不安を掻き立てられる夢を見て、明け方近い時刻に目を覚ましてしまった。おぼろげな記憶だが父親が出てきたようだ。薄暗い窓の向こうで、アレンに向かって何か叫んでいた。言葉は聞き取れなかったが、危険を知らせたがっているようにも思える。そもそもアレンは、父親の事などとうの昔に思い出しもしなくなっていたから、この夢がなおさら不吉なもののように感じたのだ。
今さら眠れるはずもないので、身を起こすと隣のベッドも空っぽだ。アレンはスリッパを突っかけ、ほの暗い常夜灯のともる廊下に出て若者の姿を探す。突き当りの小さな窓の傍で、壁に寄りかかっている姿が目に入った。近寄ると若者は、窓の外の暗闇を空しく照らす街灯を一心に見つめている。
「全く、エレベーターでたった数十分だってのに、上の大都市とは別世界だな。」
そう声をかけて振り返ったブラウンの顔も、色濃い不安が影をつくっている。
「珍しいですね。朝は苦手なあなたが、明け方前に起きて来るなんて。」
今時の若者の典型のような、天然系にしか見えない表情を見せてはいるが、その瞳は真っ直ぐで澄み切っている。
「それが、夢で親父に起こされてな。
もう長いこと記憶の底に眠ってたような奴が現れたもんだから、驚いて目が冴えちまったんだ。」
「あなたはお父様の夢ですか。不思議ですね。僕は母に起こされたんです。
僕の場合、彼女の夢を見るのは珍しいことじゃないんですが…。何だかとても不安そうで、何かを警告してるようだったんで眠れなくなって…。」
2人はしばし、言葉を失った。
「偶然にしても、ちょっと気味が悪いが仕方ないさ。人が何人も行方をくらました場所にこれから乗り込もうってんだ。お互い、似たような不安を抱えてるってことの表れなんだろうよ。」
「そうでしょうね…。結果を焦らず、用心して調べろってことなんでしょう。
ところでミスター・アレン、この惑星の人たちには尋ねにくいのであなたに聞いておきたくて。住みついた坑夫たちが作った村が最初だというのは分かるんですが、今日までこの惑星で女性を見かけてませんよね? どうやって子孫を残して来たんでしょう?」
アレンは若者の真っ直ぐな瞳の奥に映る、自分の姿に苦笑した。この調査で白髪が増えたら、傍目には爺さんと孫みたいに見えるんだろうな。
「やっぱり気付いてたか。まあ、鉱山で女性はあまり役には立たんからな、生殖行為を別にすれば。」
「…まさかクローン培養…ですか?」
「それしか方法はないだろう。」
「だけど、アンドロメダをはじめほとんどの銀河で、ヒト細胞クローンの培養は違法なんですよ?」
「もちろん、例外が認められてるさ。この惑星みたいに、それがなかったら社会が成り立たなくなるような場合にはな。」
若者は再び、儚げな街灯に視線を戻していた。
「この村で生まれた人たちが、大都市の光芒を目にすることはあるんでしょうか…?」
夜明けの時刻になると、穴蔵の壁面にすえられた発光パネルがいっせいに輝きだし、人口の朝が訪れる。
充分な明るさが広がる時刻には、ミスター・アーカムが昨日ガフと呼ばれていた大男と共にやって来て、彼がウォルターの代わりに例の『入り口』に案内することになったと告げた。
「感謝します、ミスター…」
「ガフだけでいい。」
一行は集合住宅の敷地内にある、巨大な坑道の入り口から徒歩で入った。数メートルも行かないうちに、中を漂う空気が変わったことに誰もが気付いて、不安そうに視線を交し合う。
なだらかな坂を下り、いくつかの分岐点を通り過ぎて、無言のまま小一時間ほど歩き続けただろうか。何度目かの分岐点にまたさしかかり、リストウオッチに目をやっていたアレンが息を飲むのと、先頭を行くガフが棒を呑んだように立ち止まるのが同時だった。
「この数十メートル先が『入り口』だ。」
そう言いながら皆を振り返ったガフは、腕時計に目をやっているアレンに蔑むような視線を向ける。
「これだからアンドロメダから来た人間は…。こんなとこで時間が分かったから何だってんだ?」
「おっと、コイツはただの腕時計とは違う。旅行記者の七つ道具ってやつだよ。」
アレンはガフにも見える位置にまで、腕を伸ばして見せた。
「もちろん時間を見る機能もあるが、それだけじゃない。温度や湿度も分かるし、大気の成分を分析したり、放射線の量を測定することも出来るんだ。ちょっとした受信機にもなるから、今はCMBを検出出来るようにセットしてあるんだが。」
「マイクロ背景放射ですか? どうしてそんなもの…。」
質問を挟んだのはブラウンだ。ガフは処置なしというように首を振り、アーカムにいたっては肩をすくめて見せただけだ。
「ドクター・カナエとロイズは、宇宙の果てを目指してたんじゃなかったのか? あんた方の言う『入り口』の向こうには、背景放射が吸い込まれるように消える空間が感知されてる。つまりそこが、理論上は宇宙の果てってことに、なるんじゃないかな?」
「まさか、この先に『はだかの特異点』が? でも確か、存在出来ないという仮説があったはずでは…。」
「宇宙検閲仮説だな。ずっと昔に消えた理論だと思ってたが。まぁ、ここを曲がってみりゃ分かることだろうがな。」
リストウォッチに目を当てたまま、一歩踏み出そうとしたアレンだが、大男に前進を阻まれた。
「今日のところはここまでだ、お二方。」
断固とした口調に議論の余地なしと判断したアレンは一つ頷き、ブラウンを促して来た道を戻り始めた。
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