アンドロメダの歌姫(第10話)
 気がつくと、アレンは暗闇の只中を歩いていた。
 この空気のひんやり感は、昨日の坑道みたいだが、俺はいつ、しかも一人で…?
 戸惑いながら立ち止まると、
 「そちらでしたか、ミスター・アレン!」
 前方から若者の安心したような声が近付いて来た。
 「一緒だったかブラウン。一人かと思ったぞ。」
 ようやく姿の見える距離までお互いが近付くと、2人は並んで、また前進を始めた。
 「それにしても妙だな。俺たちはいつから、どこに向かって歩いてるんだ?」
 「分かりません。なんだか、夢の中にでもいるようですねぇ…。」
 「その可能性も確かにあるが、坑道の狭さといい、空気の冷たさといい、やけにリアルだ。」
 「それは言えてますが…。」
 訳も分からぬまま歩いていると、2人は突然強力な原子ライトの光に晒され、揃って片腕で目を守ったが、しばらくは何が起こったのか理解出来なかった。
 「…どこかで見覚えがあると思ったら、この間うちへ取材に来た…確かミスター・アレンだったかな。」
 乾き切ってしわがれた声の主は、頭が完全に禿げ上がっている。
 「…そっちはまさか、ドクター・カナエか?」
 「これは驚いた。取材に来た時の君は、大して興味もなさそうだったのに、こんなところまで追いかけて来たのかね?」
 「3年近くも行方をくらませといて、あんたこそ呑気な先生だなドクター。」
 「…3年だと? そんなバカな! ここへはつい先刻、調査に入ったばかりだぞ。」
 言われて見れば、ドクターの身に着けている洞窟探検用らしいジャンプスーツは大した汚れが見当たらない。
 「どうしたドクター、誰と話してるんだ?」
 近付いて来たもう一つの人声は、アレンを昔に引き戻す。
 「無事だったか編集長! 会いたかったぜ。」
 「なんてこった、ピーター・アレンじゃないか! 嬉しいね。」
 懐かしいロイズ編集長が、相変わらずどすどすと、腹を揺らして駆け寄って来る。
 「驚きましたよ。お2人とも、こんなに簡単に見つかるなんて…。今までどこにいらしたんです?」
 禿げ頭の2人組みが、揃って訝しそうな顔をしたので、アレンは慌てて、ブラウンがミランダの雇った私立探偵であると紹介した。
 「探偵とは…。我々が3年近くも行方不明だなどと、信じられん話だ。」
 「ミランダの心配性にも困ったもんだが…。調査が終わったらなるべく早く帰ると伝えてくれ。」
 言い終えると2人は、アレンたちに背を向け坑道の奥へと引き返し始める。
 「待てよロイズ! 3年だぞ。調査なんかとっくに終ってるはずじゃないのか?」
 「何を言っとる。何もかもこれからだ。この坑道の奥に、全ての答えがあるはずなんでね。」
 「お願いです、戻らないなら、せめて依頼人に連絡を…。」
 最後のブラウンの声は、空しく闇に吸い込まれてしまい、カナエとロイズの姿も、坑道の奥でかき消すように消えてゆく。若者とアレンはただ、何もない暗闇に佇んでいるだけだ…。


 目が覚めてもまだ、暗闇の中に一人きりだった。
 隣のベッドは例によってもぬけの殻だ。突然不安にかられたアレンは、シーツを乱暴に引っぺがして廊下に飛び出し、突き当りの窓のそばに若者の姿を見つけて大袈裟に息を吐いた。
 その気配に若者が振り向き、尋ねる。
 「あなたもまた、夢を見たんですか?」
 「全く妙な話さ。最近はめったに夢なんか見ないのに、ここでは二晩連続だ。しかも今回は、ロイズとカナエが…。」
 「何ですって? あなたもあそこにいらしたんですか!」
 「いらしたって…。 あの坑道か?」
 「僕が夢の中にいるようだと言ったら、あなたはそれにしてはリアルだと…。」
 「…間違いない。2人して、同じ夢を見てたんだ。」
 「まさか、そんなこと…。」
 「確かに、にわかには信じ難いがな。だがこれで一つはっきりしたぞ。あの場所にあるのは、裸の特異点だけじゃない。特異点の向こうで別のどこか、または何者かとつながってる可能性が出てきた。」
 「僕らの頭の中に、その何者かが働きかけてるってことなんですね?」
 「その可能性が高いってことさ。」
 「あの場所へもう一度、行ってみるしかありませんね。僕らも消されちゃうのかも知れないけど…。」
 「ああ。誰にとっても未知の相手だ。だが方法がないこともない。夜が明けたらアーカムに相談してみよう…。」


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