アンドロメダの歌姫(第11話)
 アーカムは先刻から、首を左右に振り続けている。
 場所はアレンたちの滞在する集合住宅の地階で営業する、公共のレストラン。アーカムが朝食兼今後の調査の打ち合わせにやって来たのだ。
 「村の人間の案内なしに、『入り口』に乗り込むなんてどうあっても許可出来ません。同じことを、何度も言わせないで下さいよ。」
 「ガフが今朝になって、案内役を断わったって話は分かったが、あんたが一緒に来てくれりゃいいんじゃないか?」
 分かっちゃいない、という顔でアーカムは天を仰ぎ、それでも根気強く説明を続ける。
 「私はこの村の生まれじゃないんです。もし何かあって一目散に逃げなきゃならなくなっても、あなた方同様、穴倉で迷子になるだけですよ。」
 今度はアレンが、そっちこそ分かっちゃいない、という目でアーカムを睨む。
 「だから秘密兵器を貸してやるって言ってるだろーが。」
 言いながら、さっきから手に持っていたリストウォッチ型の万能分析器をアーカムの眼前でひらひらさせてみる。
 「でも、私がお借りしちゃったらそちらがお困りでは?」
 「あれっ? 同じもの、2つお持ちだったんですか?」
 アーカムの隣で黙って果物にナイフを入れていた若者が、口をはさんだ。
 アレンがアーカムにも見える位置まで右腕を上げると、手に持った2つ目とは別に、手首にもリストウォッチが巻かれている。
 「俺の使ってるのは仕事上の大先輩の形見なんだが、あんたに貸す方は一緒にいたフィアンセが身につけてた物だ。初期セッテイングは同じにしてあるし、お互いの周波数もインプット済みだから通信機としても使える優れものさ。
 あんたはこれを持って、昨日ガフと俺たちが引き返した場所より少し手前で待機しててくれ。」
 アーカムは目をむき、食べかけの皿を脇におしやった。
 「ちょっと待って下さい! 乗り込むのがあなた方2人だけって、いくらなんでも無謀すぎませんか?」
 「そう思われるなら、どうして地元の警察に協力要請をなさらないんです?」
 若者の核心を衝いた質問に、アーカムは一瞬瞑目し、暗い表情で肩を落とす。
 「…仕方ない。ごまかさないでお話しましょう。現時点では、この村の警察機構はまともに機能していないのです。実はほとんどの警官が、命令不服従や職務怠慢で懲戒解雇されたまま、組織としては空中分解の状態でして…。」
 「それは『入り口』での行方不明事件が原因なのか?」
 アーカムが黙って頷く。
 「あの『入り口』の向こうで村人が行方不明になる事案は、実はセルリアン鉱石の採掘が頭打ちになった前後、100年以上も昔から報告されていたそうです。ただ、この村で問題になるような人数ではなかった。それがドクター・カナエとロイズ氏の一件以来、タガが外れたような状況に陥ったとか。
 お2人のために組織された精鋭警官3名の捜索隊も戻らず、同じことが3度続いたので捜索は諦めざるを得なくなりました。しかしその後も、無用心に『入り口』に近付いた村人が次々と行方不明になるに及んで、村の警察は上司がいくら命令しても、捜査に当たる警官がいなくなってしまったんです。」
 身じろぎもせず、じっとアーカムの話に聞き入っていたブラウンと対照的に、アレンは平然と、目の前の果物をわしづかみにしてむしゃぶりついている。オレンジほどの大きさの果実を一気に2つ平らげたところで、満足したのかナプキンで口と手を拭い、ようやくアーカムに向き直る。
 「まぁ大体、事情は予想した通りだがな。村人が無用心に『入り口』に近付いた原因は、分かってるのか?」
 「セルリアンの新たな鉱脈や未知の有用な鉱物の発見など、ほぼ一攫千金が目的のようで。確認出来た例は少ないですが…。」
 「『夢のお告げ』ですよ。」
 「何ですって?」
 若者の一言に、アーカムは目をむいた。アレンが後を引き取る。
 「のこのこ『入り口』まで出かけてった連中は、前の晩にそこで何かを見つける夢を見せられてるはずさ。ゆうべ俺たちが、坑道の奥でカナエとロイズに出会う同じ夢を、2人して見たようにな。」
 「なんてこった…。それじゃ、あなた方も戻って来れないってことじゃないですか。」
 「まあ、そういう見方も出来るがな…。」
 アレンが困ったように頭に手をやり、ブラウンはアーカムに向き直って、説明を始めた。
 「僕らが言いたいのは、あの『入り口』の向こうにあるはずの『裸の特異点』が、異次元世界のどこか、または誰かとつながってる可能性が高い、ってことなんです。『夢のお告げ』はその証拠とも言えるでしょう。だとしたら、その万能分析器で、出来ることがあるかも知れません。」
 「この分析器だが、弱いイオン化ビームを放射することも出来るんだ。行方不明者が戻って来れないのは、次元転移の壁を越えられないのも原因の一つだろうから、向こうで生きててくれりゃ、あんたの発したビームをこっちのウォッチで受信して、それを道しるべに皆を連れて帰れるかも知れないんだよ。
 生きて戻れる可能性が低いことは、俺たちも承知の上さ。だが低くても、ゼロじゃないんだ。」
 「お願いです、ミスター・アーカム。協力して下さい。」
 アーカムはアレンとブラウンの顔を代わる代わる見比べ、最後に天井を仰いだ。
 「頼むからこれ以上、特異点だか異次元だかの仕組みを私に分からせようなんて試みないで下さいよ。そちらはさっぱりですが、お2人のお気持ちはよく理解出来ました。とにかく、やってみないことには。」
 言い終えるとアーカムは立ち上がり、差し出した手をアレンとブラウンがしっかり握り返した。


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