アンドロメダの歌姫(第13話)
ありがたいことに、ドクター・カナエ以外の遺体(もしくはその一部)は全て、惑星レギオンの人々のものだった。
アレンは安堵しつつも、次の一手をどうするか、考えあぐねている。傍らではブラウンが、例の球体を再び一心に見つめる姿があった。
「…何か見えるのか?」
声をかけると、若者はビクリと身体を震わせた。アレンを振り返ったその表情には、いつになく暗い影が現れている。
「見えるという言い方は正確じゃないかも知れませんが…。あの黒い点の向こうが別世界とつながってるのは、まず間違いないでしょうね…。」
「まあな、それが論理的推測というやつだろうが…。」
「お言葉ですが、論理でも推測でもありませんよ。」
「…どういうことだ?」
「最初からお話しなければならないでしょうね…。実は僕の母が、弱い精神感応者…エムパスなんです。
ただ彼女の力は、触れ合わないと感応出来ないレベルですが、僕の場合は遺伝で強まったらしくて、集中すれば同じ部屋にいる何人かの思考を読み取ることが出来ます。
さっきから何度か集中して、様子を探ってみたんですが…向こうの世界にも強力な感応者がいるようで、夢を見せて人を呼び寄せては、その思考を吸い取ってるみたいなんです…。」
「思考を吸い取るだと?」
予想もしなかった展開にアレンは臍をかんだ。相手が感応者と来ては、自分ごときでは手も足も出ない。
「もしかしたら思考や思念波が、彼らの重要なエネルギー源だったりするのかも知れません。もちろん僕は能力者ですから、自分の思考を閉ざしたり、彼らの思念波をはね返す程度のことは出来ますが…。」
「この星の人間は、何も知らずに吸い取られ続けてたかも知れん、ってわけか。ここの遺体がこんな状態なのも、単にミイラ化が始まっただけじゃなく…。」
「…おそらく命の精まで吸い尽くされてしまったんでしょうね…。」
沈黙とともに周囲の大気が一気に重さを増したように思え、思わず吐息をもらしたアレンの目に、突然青白く輝きだした特異点の光が突き刺さる。その白光の中央から、細いビームがはっきりとブラウンを狙って放たれた。
アレンの脳裏に、紅蓮の炎に焼け落ちる無数の冬眠カプセルのフラッシュバックが蘇る。同時に無意識に身体が動き、若者を突き飛ばすと、胸でビームを受け止めていた。
「ミスター・アレン!」
焼け付く痛みと激しい眩暈に襲われ、膝からくずおれたアレンの耳に若者の絶叫が轟く。
「大…丈夫だ…ブラウ…」
自分の身体を抱き止め、頭が地面に激突するのを防いでくれた若者を、安心させようと答えたつもりが、ほとんど声になっていない。右胸に広がる生暖かい液体の感覚に、アレンは思わず顔をしかめた。相当量の出血らしい。これはますます、予想だにしなかった展開だ。
「なんて…こった。こんなはず…」
声が途切れた。
「待って下さい、すぐ止血します!」
ブラウンの声は震えてはいたが、ポケットから素早く医療キットの入ったケースを取り出し、数センチ四方にまで圧縮されていた三角巾を広げると、着衣のままのアレンの身体に巻き付けた。
「…くッ!」
「すみません、圧迫しなきゃならないから、痛みが…。」
「…わかってるさ。見事な…お手並みだ。」
「ありがとうございます。実は旅立つ直前に、緊急対応の講習を受けたばかりだったんです。」
アレンは朦朧とした意識の中で、ブラウンの声を遠くに聞きながら妙な安堵感に包まれていた。顔色は青白く、ショックは隠しきれないながらも、その手許は確かだった。この若者なら一人でも大丈夫だ。仕事は必ず、最後までやり遂げるだろう…。
「ミスター・アレン、死なないで…。」
とうとう完全に意識を失ったアレンの傍らで、初めてブラウンは涙を見せた。
「あなたにどうしても、伝えなきゃならないことがあるのに…。」
「ミスター・アレン!」
時ならぬ絶叫が轟いて、ミランダ・ニコルは惑星ハーナスの自宅で目を覚ました。
叫び声の主は息子のJ・Mに間違いなく、ただならぬ声の調子は、アレンの身に何かが起こったということだろう。
彼の命に関わる、重大な何かが。
ミランダにはそれが確かな事実だという確信があった。一卵性の双子が遠く離れて、お互いの身に起きたことを察知することがあるというが、感応者の親子も同じようなもの…いや、きっとそれ以上のはずだ。
アレンに何も知らせず、自分の息子と引き合わせたことは、もしかしたら間違いだったのかも知れない…。
飛び起きてベッド脇のミニ端末に飛びつき、ミランダは2人のいるアルゴル恒星系第5惑星、レギオンまでの最速便を検索し始めた。
≪前ページ ≪目次へ戻≫ 次ページ≫