disclaimer: トムやハリーや他のヴォイジャーのキャラクターはパラマウントのものです。この小説には著作権侵害の意図はありません。個人的に楽しんでいるだけです。
Warp Light -虹の航跡-(第2話)
アンドロメダ

 あろうことか、1年前の2人は無銭飲食を咎められ、アンドロメダ市民のIDナンバーも持っていなかったことで、当局に通報されようとしていた。若い2人の消耗し切った様子から、何か事情がありそうだと見て取ったアレンがロイズ社長に頼み込み、身元引受人として名乗り出てもらって事なきを得たのだ。
 ラウンジ・バーの入る巨大なビルの近くに、当時まだ開かれたばかりだったロイズ出版社のオフィスに招かれた2人は、先ずはシャワーとウォッシャーで汚れ切っていた服と身体をまっさらに戻し、アレンの淹れた熱いカフェ・オ・レを飲み干すと、応接室のソファーで糸が切れたように眠りに落ちた。
 明け方ハリー・キムの方が高熱を出し、肺炎に罹っていたことが分かると、パリスは彼の傍を離れようとしなくなった。アレンがそんな彼らのソファーまで運んでやる食事にも、手を付けようとしない。

 ある夜、見かねたアレンが2人分のカフェ・オ・レのマグを手に応接室を訪ねると、ソファーを離れたパリスが窓際に立ち、巨大なフリー・ポート、惑星ハーナスの目くるめく夜景を見下ろしていた。
「やあトム。」
「どうも、ミスター…。」
「ピーターでいいって言ったろ?」
「だって俺たち、思いっきり迷惑かけてるし…。」
 アレンはそんなパリスを安心させるように笑顔を返し、マグカップを渡すと彼と並んで立った。
「この俺とロイズだぜ? 迷惑ならそもそも関わったりするもんか。」
「…あんたカフェ・オ・レの天才だな、ピーター。」
 一口啜ったパリスがようやく笑顔を見せたが、まだ心からのものではないとアレンは見て取った。
「そう思うか? 実は引退したら地球に戻って、カフェバーでも開こうかと思ってるんだが。」
「今からだっていいじゃないか、きっと千客万来だよ。」
「それが、フィルモア人にはどうも、コーヒーのウケが悪くてな。」
「あんた、あのロイズ氏に雇われてるのか?」
「…まぁ、今のところはな。彼の出版社の、契約ライターって訳だ。」
「へぇ、どんなもの書いてんだ?」
「旅行記者ってところだな…。」
 パリスがまた、ふっと笑った。
「羨ましいな、旅から旅…。」
「…なぁトム。俺のオフィスへ来いよ。すぐ隣だし、一緒にオートミールでもどうだ?」
 もう何日もまともな食事にありついていないはずのパリスは、それでも視線を窓の外に当てたまま、頑として首を振る。
「気持ちは分かるが、君の友達はただの肺炎だ。薬も飲んでるし、すぐに治るよ。」
 パリスの眼がさらに険しくなった。
「あんたに何が分かる? ハリーは任務が終わったらまっすぐ帰ろうって言ってたんだ! それを俺が…HN2+イオンの多い面白そうな暗黒星雲を探検しようなんて言ったから…。また俺のせいで、友達をトラブルに巻き込んじまって…。」
「…分かったよトム、好きにしろ。」
 そういい捨てて出て行くアレンの背中を見送り、パリスは深々と溜め息をつくと、ハリーの向かいのソファーに沈み込む。
 俺ときたらまたやっちまった。親切にしてくれてるピーターにまで八つ当たりとは。
 両腕で頭を抱え込んでしまったパリスの鼻先にまたコーヒーの香りが漂って来て、彼は弾かれたように振り向いた。オートミールの皿とコーヒーポットとマグを載せたトレイを手に、アレンが戸口に寄りかかっている。
「すまない、ピーター…。」
 さっきと同じマグに再び注がれるカフェ・オ・レを見つめながらパリスが呟く。
「気にするな。未来のカフェバーからの、出前だと思えばいいさ。」
 悪戯っぽいアレンの口調に、思わずパリスも口元をほころばせ、気が付くとオートミールに手を伸ばしていた。
 馥郁たるアロマと、暖かいアレンの瞳に包まれ、ここ2週間ほど張り詰めっ放しだったパリスの心が少しずつほどかれて行く。
「…ありがとうピーター、ほんとに。」
「君も少し、眠った方がいいかもな。」
 その一言が合図だったかのようにパリスの身体がガクリと前に傾き、ソファーからずり落ちるところだったので、アレンは背もたれを倒し、既に熟睡に入っている彼の身体を転がすと、近くにあった毛布をかけてやった。
「全く、誰かさんによく似た天邪鬼だな、その男は。」
 背後からの声に振り向くと、戸口にいるのはフィルモア人の編集長。
「まだ仕事なのか?ロイズ。」
「ああ、今終わったとこでな。これから引っ掛けに行くんだが付き合わないか?」
「そりゃ喜んで。」
 ロイズ氏の後を追いかけたアレンは、いっとき振り返って安らかな寝息を立てている2人を確かめると戸口のスイッチに触れ、照明を落として出て行く。
 一気に暗くなった応接室では、窓の外の夜景だけがやけに眩しかった。


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