disclaimer: トムやハリーや他のヴォイジャーのキャラクターはパラマウントのものです。この小説には著作権侵害の意図はありません。個人的に楽しんでいるだけです。
Warp Light -虹の航跡-(第6話)
「いらっさいませ。ご注文は?」
「がはははははっ!」
 フィルモア人のワレガネのような笑い声に、パリスは失礼と思いつつ、人差し指を耳に突っ込んでしまう。
「なんだなんだトム。今夜は2人して何処へ出かけたのかと思ったら。そのギャルソンスタイル、なかなか似合ってるじゃないか。」
 ロイズ社長の向かいに座ったアレンも、からかうような笑顔を向けて来る。
「このアレンからしてそうなんだが、地球人って奴は妙に義理堅くてイカン。もう少し素直に、ヒトサマの好意に甘えられんもんかねぇ…。」
「お説ご尤もですがロイズ社長、甘えっ放しでは艦隊士官の沽券に関わりますので。ご注文はいつのもでよろしいですね?」
「なるほどコケンと来たか! 難しい言葉を使うじゃないか。注文はいつも通りだ。いやぁ、君は良く気の付くウェイターだなぁ、がはははは…。」
 場違いとも言えるフィルモア人の大声に辟易しながら厨房に戻りかけたパリスは、キムの呼びかける声を聞いたような気がして振り返った。
「何なんだ、この店のウェイターは! 客にケチを付ける気なのか?」
 茶色っぽい肌に無数の鱗が照り返る、大柄な異星人が立ち上がって喚いている。その手前でかしこまっているウェイターは何とハリー・キムで、大男の向こうでは見たところ14歳くらいの少女が怯えた表情で男を見上げていた。
 パリスは直ちに踵を返し、全く躊躇せず爆心地へと向かう。
「お客様、コイツが何か?」
「トム! 何で自分から、巻き込まれに来るんだよ?」
「助けを呼んだだろ?」
 驚いて振り返ったハリーが声を押し殺したが、パリスはいつもの調子だ。
「呼ぶ訳ないだろ、知らないよ!」
「おい、何なんだよお前ら。この俺が誰だか知ってて因縁つけてんだろうな?」
 茶色い御仁はいつまで放って置かれるのかと痺れを切らしているようだ。
「申し訳ないけど、俺たちここに来てまだ4日目でさ。あんたが誰かなんて知るわけない。何があったんだ、ハリー?」
 ハリー・キムは男の傍らの少女に顔を向けて答える。
「あの子、どう見ても未成年だろ? しかも明らかに男を怖がってるのに、彼が無理やり奥のVIPルームに連れ込もうとしてたんだ。だから思わず、彼女に大丈夫?って声をかけちゃってさ…。」
 彼らの背後には、血相を変えたマネージャーのフランキー氏が迫っていたが、幸いもっと近い場所にいたフィルモア人と地球人の客の方が到着が早かった。
「これはこれは、ハンク・ディアボロじゃないか! ずい分久し振りだが、この店は出入り禁止になったんじゃなかったか?」
 静まり返ってことの成り行きを見守る店内に、フィルモア人の大音声が響き渡る。
「フリント・ロイズか。まだこんなシケた店に通ってたとはな。」
 ハンクと呼ばれた異星人が、露骨に歯を剥き出してロイズ氏を睨みつける。
「あんたこそ、女のシュミは相変らずのようだがここの法律は知ってるだろ? 地球人の多い地域だから、彼らのルールやモラルに則ってるんだ。未成年者との性行為は重罪になるぞ。」
「コイツは俺の女だぞ、他人にとやかく言われる筋合いのもんじゃない!」
 男に乱暴に肩を掴まれ、小さく悲鳴を上げた少女をパリスがじっと見つめている。それに気付いた少女も、不思議なオレンジ色の瞳で彼を見つめ返した。そしてピーター・アレンが、そんな2人の姿を心に留めた。
「とやかく言おうってんじゃない。あんたのシュミなんてどうでもいいことだからな。だがいったんお縄になっちまったら、店への出入り禁止程度じゃ済まん話だから他人事ながら気になってな。そういった心配のない女でよければ、このアレンがその手の口利きをやってるから紹介させてもいいぞ。」
「ちょっと待て、ふざけるなよロイズ!」
「いやぁ、客商売だってのに愛想が足りんのがこの男の欠点でな…。」
 アレンが噛み付いても、ロイズ氏は涼しい顔だ。
 ハンク・ディアボロは少女とロイズ、2人のウェイターの顔を繰り返して見回し、鈍い頭で考えを巡らせている様子だ。
「お客様、何かお困りごとでも?」
 どうやら穏便に収まりそうだと判断したマネージャーが、背の高いウェイター達の後ろから声をかけると、すかさずロイズ氏が振り返る。
「あーいや、この旧友とちと昔話をな。ホテルが遠いんでもう帰るそうだが。連れのシーサリア人の子供だが、一人ぼっちでいたので気の毒でここまで連れ歩いちまったそうなんだ。この店で面倒見てやってくれんかと頼まれたんだが…?」
 ディアボロが取り殺しそうな勢いでロイズ氏を睨みつけていたが、口を閉じているだけの分別は持ち合わせがあったようだ。
「厨房での下働きなら、いつでも大歓迎だ。寮は相部屋になるがね。」
 マネージャー氏が請け合ったので、少女の顔に明るさが戻った。ロイズ氏がディアボロを出口に導くためその場を離れると、パリスが少女に近寄り、手を貸して立たせてやった。
「ありがとう、トム。」
「あれ? 何で僕の名を…。それに、お手柄はハリーの方だと思うけど?」
「トムとハリー。あなた達は、とっても遠いところから来たのね!」
「…もしかして、君ってエムパス?」
「いや、それ以上さ。」
 思わず尋ねたキムに、アレンが代わって答える。
「フィルモア人の血が入ってなきゃ、弄ばれてたのはディアボロ氏の方だったろう。まだ子供とは言え、彼女も立派なシーサリア人だからな。」
 だがこの警告は、パリスの耳には入っていなかったようだ。
「…それじゃ、君の名前は?」
「ミディ・キャル。」
「よろしくミディ。今日から晴れて同僚だな。」
 向けられた少女の笑顔の驚くほどの艶っぽさに、パリスだけでなくキムの心までも射抜かれてしまったらしい。今や彼の瞳も、ミディに釘付けだった。


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