disclaimer: トムやハリーや他のヴォイジャーのキャラクターはパラマウントのものです。この小説には著作権侵害の意図はありません。個人的に楽しんでいるだけです。
Warp Light -虹の航跡-(第10話)
 その後シャトルの修理が終わるまでの数日間、パリスとキムは昼間は宇宙港のシャトル格納庫で過ごし、夜は毎晩、ラウンジバーの小さなステージで演奏する日々を送った。
 ある夜などはパリスの機転で、その愛敬の良さで厨房の下働きからウェイトレスに昇格したばかりのミディ・キャルをステージに上げ、3人でPPM風に“花はどこへ行った”や“風に吹かれて”といった地球のスタンダードを披露したりもした。
 昼間の作業があくまで本業で、夜のステージは腰かけ程度の認識しかなかった2人はほとんど意識しなかったことだが、彼らの演奏する夜はそれ以外の夜の3倍以上の客を集めるようになっており、とある花金の夜、ついに現れたオーナーのパウエル氏が、アンドロメダ銀河最大手の音楽配信会社CEO、ミスタ・ハルカワを伴なっていたのも当然の成り行きだったといえる。

 その夜のステージを終えたパリスとキムが引っ込んだ狭い楽屋に、マネージャーとゲストを従えたパウエルオーナーが自ら姿を現し、2人を驚かせた。
「楽にしてくれ、そのままでいい。」
 弾かれたように立ち上がった律儀なキムを片手で制したパウエル氏は、マネージャーに目配せして2脚のイスを追加させると、ゲストと共に2人に向かい合うポジションで腰を降ろす。
「今夜の演奏も素晴らしかったよ、2人とも。ハリー君のピアノの柔らかな音色に、パリス君のややハスキーなソフトヴォイスが乗っかると言うことなしだ。私ら地球人以外の種族にも、独特の郷愁が伝わってるようじゃないか。こちらのゲストもかなり興味をそそられてるらしい。もちろん君たちも、ミスタ・ハルカワの名は知ってるだろうが…。」
 オーナーの言葉に戸惑ったような表情で顔を見合わせる2人の反応には、当のハルカワ氏も驚いたに違いない。
「…まさか、“ヴァーナルストリーム・コンテンツ”といえばアンドロメダじゃ最大手の音楽配信会社だし、そのCEOの顔も知らずに音楽活動を行ってる人種がいるとは…。」
「まぁ昨今は、メインストリームなんぞ見向きもしない連中の方がイキがいい、ってことの査証かもしれません。」
 半ば呆れ顔のオーナーを尻目に、ご本人の見事なフォローでロストボーイズの窮地は救われた。
「それで、音楽業界の文鎮みたいな方が、何でわざわざこんなせせこましいところに?」
「トム、“重鎮”だってば!」
「…それはもちろん、君たちの演奏も我が社のコンテンツに加えたいと思ってるからだよ。」
 パリスの当然の質問にハルカワ氏が自ら答え、突然の申し出に2人はすっかり面食らってしまった。
「俺たちの演奏って言っても、大昔のスタンダードをカバーしてるだけだしなぁ…。」
「オリジナル曲でないことを気にしてるなら心配には及ばないよ。著作権的な問題は古すぎてあり得ないし、若い人や地球人以外の人種には、かなり新鮮に聞こえてるみたいだしね。」
「僕らの演奏を加えて下さるならうれしいんですが、ほとんど無名なのにそちらにメリットがあるものなのかどうか…。」
 あくまでも控え目なキムの発言にハルカワ氏が微笑む。
「さすがに、置かれてる状況をよく把握してるようだね。もちろんこちらにも条件はある。アンドロメダとその周辺の主な恒星系を、3週間ほどかけて巡るライヴツアー計画があるんだが、知名度の問題を何とかするためにもぜひ参加してもらいたいんだ。君らの演奏を永久的にコンテンツに残すかどうかは、そのツアーでの反応次第ってことで考えてほしいんだよ。」
 “ロストボーイズ”の2人が再び、困ったように顔を見合わせている。
「どうするハリー? 明日にもシャトルの修理が終わるってのに、3週間は長過ぎないか?」
「…まあね…。だけど僕は、考えようによっては滅多にないチャンスじゃないかと思うんだ。ヴォイジャーに戻っちゃったらこんな経験あり得ないだろ? それにもし、例の暗黒星雲がタイムトンネルも兼ねてるとしたら、こっちの世界で何年過ごそうと戻った瞬間帳消しになるはずだし…。」
「そりゃ俺だって、アンドロメダ銀河に来られるなんて思ってなかったし、お前のピアノをバックに人様の前で歌うハメになるとも、想像すらしなかったもんなぁ…。」
「返事は急ぎませんよ。どちらにしても今月いっぱいまでは、こちらのお店優先でというのが、オーナーとのお約束ですし。」
 パリスとキムが三たび視線を交わし合い、直後にパリスがきっぱりと言い切った。
「もう決めました。ご招待頂けるならいつでも、ライヴツアーに参加しますよ。もちろんお店の許しがもらえればってことですが。」
「許す気でなきゃ、今日わざわざお越し頂いたりしませんよ。」
 パウエル氏がCEOに顔を向けて微笑む。
「商談成立ですね!」
 4人の男たちがハルカワ氏の一声で立ち上がり、温かな笑顔で握手を交し合う。
 いきなりメジャーデビューの決まったロストボーイズの2人はややキツネにつままれた表情ながら、キムに良く似た東洋系の若いCEOの瞳の輝きを、信じてみることにしたのだった。


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