disclaimer: トムやハリーや他のヴォイジャーのキャラクターはパラマウントのものです。この小説には著作権侵害の意図はありません。個人的に楽しんでいるだけです。
Warp Light -虹の航跡-(第12話)
 “もう一度会いたい。トム、どうしても…。お願い、アリーナで待ってるから。”
 流れ込んで来たミディの思いの奔流を、パリスは何とか無視しようとしたが無駄だった。会えばどんなことになるか予想は出来たのに、立ち向かう覚悟も方策もないまま真夜中のアリーナに向かう。
 アリーナを囲むように取り巻くスタンド席にはいくつかの常夜灯がともり、地表に光を投げてはいたがもとよりこの広さの暗闇を追い払える強さではない。
 目立たぬようスタッフのための楽屋入り口から入ったパリスは、舞台袖からアリーナ席を見渡し、彼女を見つけるとステージを横切って、ゆっくりと近付いて行った。
 ミディ・キャルは最前列の、自分の席だった場所に座って待っていた。
「来てくれると思ってたわ。」
 言いながら、彼女もゆっくりと立ち上がる。それを見たパリスは、一定の距離を保つために立ち止まって答えた。
「あんな呼ばれ方したんじゃしょうがないだろ。言っとくけど俺は、ハリーとの友情をぶち壊すつもりは全くない。」
 それを聞いて、ミディが目を丸くした。
「私なんかよりハリーが大事ってこと? あなた男色家には見えないけど。」
 パリスは思わず笑みをもらす。
「もちろんゲイってことはないけど…。でもある意味君の言う通りかも知れないな。俺にとってのハリーは、親友なんて言葉じゃ言い尽くせない存在だと思ってるんだから。」
「だったらどういう存在なのか教えてくれる?」
「もちろん!」
 パリスはハリー・キムとの忘れ難い出会いの一日を語った。
 自分が刑務所上がりだと知っても、こちらを見つめる真っ直ぐな瞳が変わらなかったこと。
 “友達ぐらい自分で選べるよ。”
 たった一言で、崖っぷちにいた自分を繋ぎ止めてくれたこと。
「…ハリーのお陰で失った以上のものを取り返せたと思ってるのに、裏切れるわけがないって分かるだろ?」
 パリスが話している間じゅう、ミディはまるで夢の跡を追うように、誰もいないステージを見つめたままだ。
「そうね…トムがハリーに、恩返しをしたいのかな、っていう気持ちは分かる。だけど私を避けることが、何でそれにつながるのかが分からないの。」
「だって、そりゃ…一目瞭然だろ? ハリーが君に惚れてるってことは、誰が見たって…。」
「だけどトム、私が好きになったのはハリーじゃないわ。あなたも私も自分の気持ちに嘘をついて、それでホントに彼のためになるのかしら…?」
 痛いところをつかれたパリスは、言うつもりのなかったことを口に出すはめになった。
「…悩むほどのことじゃない。俺たちが通過したはずの暗黒星雲さえ見つかりゃ、俺もハリーもこの世界からは消えるんだ。」
 ミディが一瞬息を呑み、棒のように立ち尽くす。
「あたしを一人で…置いてくつもりなの?」
 両目がこぼれ落ちそうなくらいに見開かれている。パリスは臍を噛みつつも、うなずいて先を続けるしかなかった。
「だって君は、この世界の住人じゃないか。連れて行けるわけがない。シーサリア人の君ならこうなることはお見通しだったはずだろ?」
「…あなたがいつか、行ってしまうことだけは分かってた気がするけど…。どんな力があったって、自分の未来だけは見通せないわ。こんな気持ちになることだって今、この瞬間まで知らなかった…。」
 語尾が震え、頬に涙が流れはじめる。パリスは白み始めた空を見上げた。
「もう夜が明ける。悪いけどミディ、そろそろ戻らないとハリーに…。」
 言葉が途切れ、パリスはそのままがっくりと膝をつく。襲って来たひどい眩暈を振り払うように顔を上げると、目の前にミディのオレンジの深遠が迫っていた。
「お願いよトム、どこにも行かないで。私を愛してると言って…。」

 パリスがホテルに戻ったのは、翌日の昼近くになってからだった。
 しかも両目は空ろで足元が定まらず、シャワーも浴びずにそのままベッドに倒れ込む。ところが今日のキムは、そんなパリスをいたわってやる気になどどうしてもなれない心境だった。
「打ち上げを途中ですっぽかすなんてらしくないな、トム。相棒はどうしたって、何百回聞かれたか分かんないよ。そのうち、君がさっきまで演奏してたアリーナ会場に向かってるのを見たって知らせてくれた人がいてさ。その時は何だろうって思っただけだったけど、よく考えたら昨夜はパウエルオーナーが郎党引き連れて来てたのに、ミディの姿も見かけなかったんだよね。どうせまた、2人でコソコソ会ってたんだろ? そういうことならもっと早く知らせてくれなきゃ…。」
「ハリー頼むから…後にしてくれないか?」
「また逃げるのかよ、トム!」
「ちゃんと話すよ、約束するから…。」
 声が極端に弱々しい。訝ったキムがベッドに近寄ると、毛布にくるまっているにもかかわらず、パリスの身体が震えている。
「トム、そんなに寒いのか?」
 言いながら毛布の中の額を探り当て、手を当ててすぐ引っ込める。
「火がつきそうだぞ! 待った、フロントに知らせるから…!」
 ところが、キムがベッドサイドの通話装置に触れるより先に、呼び出し音が鳴った。
『こちらはフロントです。亜空間ラジオと汎銀河映像通信社の記者の方がお待ちですが、お部屋へご案内してもよろしいでしょうか?』
「うわっ、そうだった。今日の午後は取材で詰まってるんだったっけ。」
 衣擦れの音がしてキムが振り向くと、パリスがゆっくりと身を起こしている。
「トム、何してるんだよ?」
「だって、記者たちを待たせちゃまずいだろ? インタビュー、どこで受けるんだっけ。」
 ハリー・キムが呆れ顔で首を振る。
「その熱で出歩く方がまずいよ、トム。インタビューには僕が行くから心配しないで。」
「相棒はどうしたって、また何百回も聞かれるぞ。」
「昨夜の打ち上げで飲み過ぎたって言っておくから大丈夫。とりあえず熱が下がるまでは、ミディの件も休戦だ。フロントには知らせておくから、よけいなことは忘れてちゃんと休むんだぞ。」
「済まないハリー、何もかも…。」
「病気の時はお互いさまだよトム。じゃあ行ってくる。」


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