disclaimer: トムやハリーや他のヴォイジャーのキャラクターはパラマウントのものです。この小説には著作権侵害の意図はありません。個人的に楽しんでいるだけです。
Warp Light -虹の航跡-(第16話)
 翌金曜の夜に行われたロストボーイズのラストライヴは、4時間近くの長丁場にもかかわらず、誰の心にも長く残るステージとなった。
 当日の早朝という急な知らせにもかかわらず、亜空間ラジオやホロヴィジョンなどマスメディアの画像中継も入り、お陰で店に入り切れなかった客たちも自宅や店の近くのホテルなどでホロヴィジョンにかじりつくことになった。
 何度目かのアンコールのあと、彼らがこれが最後と決めて歌った曲は、サッチモの“What A Wonderful World”。
 先ずはパリスが、
「これがロストボーイズ最後の曲です。皆さん、余所者の僕らに素晴らしい思い出をありがとう!」
 と挨拶すると、キムが続けて、
「この曲を第二の故郷の皆さんに捧げます。」
 と締めくくる…はずだったがその直後、立ち上がってステージ手前のパリスに目を向けた。
「それにトム、僕のわがままを聞いてくれてありがとう!」
 言いながら歩み寄り、パリスの肩を抱きしめる。抱きしめられた方は、目を白黒させた。
「何トボケてんだよお前、ワガママだったのはお前より俺の方だろ?」
「全体的にはそうかも知れないけど、ロストボーイズに関しては君は最初、ちっともやる気じゃなかったろ。」
「そりゃそうさ、実力の差が歴然としてたからなぁ…。」
 腕を組み、先輩然として開き直るパリスにキムは処置なしとばかりに肩を竦め、ステージ奥のピアノに戻る。
 時ならぬ2人の応酬に会場は沸いたが、野次られるとは本人たちも予測していなかったようだ。
「君たちは漫才師じゃない、ミュージシャンだ! さっさと演奏したまえ!」
 パリスとキムは2人同時に、その場で凍りついた。
「…まさか、ドクター?」
「トム、それってナントカ恐怖症じゃないの?」
 ピアノに背中を預け、小声で尋ねるパリスにキムがやり返し、ようやく演奏準備が整った。
 最初の一音が鳴ると、パリスの背筋に武者ぶるいにも似た震えが這い上がってゆく。
 コイツの才能に驚かされるのは今に始まったことじゃないが…今日のハリーは特別だ。歌い出したパリスは、思いのこもったキムのピアノにつられ、自分の歌声も今までよりずっと深い領域に達していることに、全く気付かずにいた。

『木々の緑と紅い薔薇
 ぼくらのために開く花
 そしてボクは一人ごちる
 何て素晴らしい世界』

『…“初めまして”と握手しているあの人たちも
 ほんとはお互いに“大好きだよ”って伝えたいんだ』

『…だからボクは一人ごちる
 何て素晴らしい世界なんだろう!』

 演奏が終わってもしばらくは、誰一人声も上げようとしなかった。だが永遠とも思える数秒が過ぎると、堰を切ったような拍手と歓声が会場全体を揺るがせた。パリスとキムはステージ上で何度も抱き合い、互いの心音がシンクロしていることに気付いて驚いた顔を見合わせる。
 何もかもが美しく、完璧な一夜となるはずだったが、その日はとうとう、ミディ・キャルが店に姿を見せなかったのだ。
 終演後、照明の落ちたステージに呆然と立ち尽くすパリスにフランキー氏が近付き、ミディの寮を見て来たが、既にもぬけのカラだったと知らせてくれた。
「他に彼女の行きそうな場所に、心当たりないかい?」
 そう聞かれても、ロイズ氏のオフィスと店以外の場所をほとんど知らないパリスは黙って首を振るばかり。
「済まないけどハリー、明日、俺は出発出来なくなるかも知れない。お前だけでも帰ってくれ…。」
 パリスが絶望的に呟くと、キムがその肩に手をかけた。
「大丈夫。皆で探せば、きっと朝までには見つかるよ。」
「だといいんだけど。」
「…たぶん、それほど心配は要らないさ。」
 もう1つの声のした方に2人が振り向くと、ステージ袖にアレンがひょっこり顔を出す。
「君たちは予定通り、明日の朝には出発した方がいい。ミディのことは、こっちで何とかするから。」
「君がそう言うんじゃ、信じるしかないんだろうな…。」
 ひょっとしてピーターは、シーサリア人についてまだ俺に言ってないことがあるんじゃないか?
 その時のアレンの意味ありげな表情は、パリスにそんなことを考えさせた。


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