disclaimer: トムやハリーや他のヴォイジャーのキャラクターはパラマウントのものです。この小説には著作権侵害の意図はありません。個人的に楽しんでいるだけです。
Warp Light -虹の航跡-(第18話)
 パリスが実体化したのは、ハンク・ディアボロの小型艇のコクピット…のはずだった。
 だが後方から見た限りでは、操縦席に大柄なディアボロが座っている様子はない。思った通りだとパリスは一人頷き、姿の見えない相手に向かって声をかける。
「ハンク・ディアボロなんかじゃない。最初から君だったことにやっと気付いたよ。ミディ、遅くなってごめん…。」
 そのとたん、操縦席の椅子がクルリと回り、ミディ・キャルが立ち上がった。
「きっと来てくれると思ってたわ、トム。この世界に残る決心を、してくれたのよね?」
 その瞳は縋るように絶望的な、オレンジの深淵。それでもパリスは、きっぱりと首を振る。
「それは出来ない。ミディ、君には分かってるはずだ。」
 ミデイはショックを受けた表情で2、3歩後ずさる。
「そんな…。トム、私を愛してないって言うつもり? どうして自分の心にまで、嘘がつけるの?」
「ミディ、聞いてくれ!」
 パリスは狭いコクピットの中で一歩踏み出し、ミディの細い肩を両手で掴んだ。絶望の影に覆われたオレンジの深淵を正面から受け止めるために。
「確かに僕の態度は煮え切らなかった。でも会ってから今まで、君のこと愛してないなんて一度も言ったつもりはない! ハリーの気持ちや、元の世界に帰らなきゃいけない事情で言えなかっただけで…ほんとは僕だって君を好きになったんだから!」
 ミディの呼吸が一瞬止まる。
「僕の方こそ一目惚れだったって、エムパスの君ならとっくにお見通しだと思ってたんだ。でも君の気持ちに正面から応えてなかったのは事実だから、それについては謝るよ。今まで振り回してすまなかった…。」
「…あなたの言う通りよトム。あなたが今言ってくれたこと、みんな分かってた気がするの。だけどあなたの言葉として聞きたかった、心を盗み見るんじゃなくて。私の方こそ、振り回しちゃってごめんなさい…。」
 オレンジ色の深淵の底に、蛍火のような光がともっていた。
「謝るなって。その気持ちよく分かるよ。」
「私を愛してくれてても…この世界には残れないのね?」
 パリスは静かに頷く。
「この世界は僕らが本来、居るべき場所じゃない。それは客観的な事実だ。僕はこの世界には存在しない組織、宇宙艦隊の一員で、ヴォイジャーのパイロットなんだ。今日久し振りにこのユニフォームを着て、それがハッキリと分かった。僕にはヴォイジャーが必要なんだ…。」
 ミディはゆっくりと目を閉じた。
「…そして私のあるべき場所は、ここアンドロメダ銀河なのね…。」
「そういうことだね。だけどミディ、僕らの世界って交わってこそいないけど、一つの同じ宇宙に存在してるはずなんだよ。ひょっとして隣り合ってたりするのかも知れない。どっちも同じビッグバンから生まれた世界なのは間違いないんだから。」
 ミディは再び目を開き、無垢でいて艶のある、不思議なシーサリア人特有の表情を取り戻しつつあった。
「つまり…トムたちはこの世界からは消えるけど、死ぬわけじゃないし、時々は私のことも思い出してくれる、って言いたいのね?」
「その通りさミディ。もちろん誰にも先のことは分からない。ただ他の誰を愛することになるとしても、頭のどこかで、ずっと君を忘れずにいたいんだ。」
「お互いが忘れずに想い続けるなら、住む世界が違うだけで、本物の伴侶と何も変わらないかも…。トム、もしかしたら私、大人になってもたった一人で、寿命を全うする最初のシーサリア人になるかも知れないわ。」
「そう…祈ってるよ。」
 ミディの肩から手を離すと、パリスはユニフォームのポケットから小さなチップを取り出した。
「ラストライヴに来なかったろ? 最後の思い出に、一緒に歌ってほしい。ハリーのピアノが入ってるから。」
 流れて来た前奏は、もちろんサッチモの“What a Wonderful World”。

『…“初めまして”と握手しているあの人たちも
 ほんとはお互いに“大好きだよ”って伝えたいんだ』

『…だからボクは一人ごちる
 何て素晴らしい世界なんだろう!』

 音楽が止むと、計器類の静かな動作音が断続的に聞こえるだけの静寂が訪れる。
 パリスがゆっくりと身を屈め、少女の唇を啄むと、彼女も思い切り背伸びをしてそれに応え、2人はしばし呼吸するのさえ忘れてお互いの唇を求め合った。

 ほどなく、デルタフライヤーに『1名転送。』というパリスからの指令が入り、戻って来た彼の両頬にはくっきりと涙の跡があったが、もの問いたげなキムの視線には何も答えず操縦席に滑り込む。
 今は一隻のセンサー反応を残すのみとなった小型艇がゆっくりと針路を明け渡し、アンドロメダ中の人々が中継を見守る中、ロストボーイズの2人を乗せたシャトルが暗黒星雲の中心部へと、一直線に突っ込んでいった。


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